日本語に近い言語
トルコは日本から見てほぼ地球の反対側と言ってもよいほど遠く離れた国です。
そのため日本にいてあまりトルコの文化を感じる機会は多くなく、どういった風習を持った人たちが住んでいるかイメージしにくい部分があります。
ですがそんな遠くはなれたトルコは日本語とかなり多くの共通点を持った言語をしています。
世界的な言語学の謎の一つとして、日本語とヘブライ語、日本語とトルコ語が似ているということがあります。
歴史的に見てもこれらの国と日本が親しく文化交流した事実はなく、国民性も宗教も身体的な特徴も全く似通ったところはありません。
にも関わらず偶然と片付けるにはあまりにも相違点が多い言語をしているということで、今もその謎をとくべく研究が進められています。
外務省など海外へ転勤のある仕事に就いた人などは突然トルコに行くことになったとなると最初はかなり焦るそうですが、実際にトルコ語の勉強をしてみるとあまりの共通点の多さに驚くとのことです。
日本語と語順が同じ
日本人が英語を勉強してもなかなか身につけることができないのは、言葉の順番が決定的に異なるためです。
その点でいくとトルコ語は日本語とほとんど語順が同じであるため、いわゆる「英語脳」を使わなくてもよいのです。
また、中東にある国々はアラビア語のように日本ではまず見かけることのないような表記文字を使うのに対し、トルコでは一般的なアルファベットを用います。
ですので最初に基本として覚えないといけない項目が少なく、学習のためにかかる時間も相当少なくてすみます。
最も奇妙な日本語とトルコ語の共通点といえるのが、単語や動詞の多くが同じような発音をしているということです。
例えば日本語で「良い」という意味の「いい」は、トルコ語でも「iyi(いい)」で、意味もほとんど一緒です。
同じように「無し」もトルコ語では「nas(なし)」であったり、「平ら」が「tayra(たいら)」であったりと数え上げればきりがないほど同じような発声をする単語が見つけられます。
あまりにも近いので外国語を勉強しているという感覚が薄くなってしまうほどです。
文化的にはかなり違った面があります
言葉は日本語と近いものの、文化やものの考え方はトルコはかなりかけ離れたものを持っています。
例えば日本においては自分で自分のことを素晴らしいと称えるようなことはよくないことのようにされていますが、トルコにおいては逆に自分のことを謙遜するということをしません。
これは子供を育てるときにとにかく褒めまくって育てるからということらしいのですが、トルコに初めて訪れた日本人はその自信過剰ぶりにちょっとびっくりしてしまいます。
また、日本では友人・知人に迷惑をかけてはいけないというふうに教えられますが、トルコにおいては逆に友人に迷惑をかけるのは当然、逆に相手からの迷惑も自分が引き受けるというふうにお互いの関係を相当濃いものとして受け止めています。
ですので友人同士が泊まり合うなど当たり前となっており、どの家にも客用のベッドが備え付けてあります。